2010年03月19日

TUOIさん近所の日本料理店見学:帯広→羽田:高校「ラムディー」会

帯広  零下の寒さい


午前5時起床。暖房の付け方が分からなかったので
暖房なしの寒い部屋でメールをチェック。20数通の受信。
全て読むだけで頭が痛くなる。必要な返信。

昨日の日記を書く。


午前8時、芳村さん・TUOIさんと朝食。納豆、味噌汁・・。
芳村さんとTUOIさんで朝食を作る。


芳村さんの知り合いの家へ遊びに行く。
途中、帯広市を囲む山々は雪を冠り輝いていた。


日本の一般家庭を訪問。懇談。


その後、近所の日本料理店の厨房を参観させてもらう。


午後12時から国際ソロプチミスト帯広みどりの皆さんと懇談。


国際ソロプチミスト帯広みどりの皆さんは、1996年位から
「子どもの家」を支援してくれている。

「子どもの家」付属刺繍土産物店の戸棚等の支援、
グエンフエ高校女子高校生9名への奨学金の贈呈など
様々な形での支援を続けてくれている。

TUOIさんからベトナム土産の「刺繍」を贈呈。


昼食を摂りながら「ベトナムでの活動報告」うぃ行う。
いくつかの質疑に答える。


私は3時過ぎのJALで羽田へ帰る。

芳村さんの車で「とかち帯広空港」まで送ってもらう。
TUOIさんも見送りに来る。

分かれる時、TUOIさんの目から一筋の涙が流れていた。
初めての外国。誰も知らない帯広でのホームステーを
しながらの日本家庭r料理の研修。不安だらけである。
言葉の問題、これからどんな人生が待っているのか?
心配は絶えない。
一番の身近な私もいなくなり、さみしいのかもしれない。
不安に打ち勝って訪日の初期の目的を果たして欲しい。


1時間半の飛行で羽田へ。

花田でメール開く。マルタカ社長と長時間電話。

バオミンさんとSKYでいくつかの大事な仕事の件で
打ち合わせ。

午後6時半、高校同級生のY君・G君・K君とラオスラム酒の
ことで打ち合わせ、ビール会。

午後10時まで。


明日は静岡大学へ。


投稿者 koyama : 08:35 | コメント (0)

2010年03月18日

羽田→帯広へ

快晴 寒い


午前8時、日暮里のホテルで朝食。

その後、JR山の手線→モノレールで羽田へ。

午前1時半羽田発のJAL機でとかち帯広空港へ。


羽田から帯広まで1時間半。


帯広空港へは、TUOIさんのホームステーを受け入れてくれる
芳村さんが出迎え。


帯広は雪で真白。初めて雪をみたTUOIさんは、「氷」と言って
いた。



午後4時半、芳村邸到着。


ホームステー先に着くとTUOIさんは、疲れたのか2時間程
仮眠。その間、20通ほど入っていためーるを読む。

バオミンさんと電話で打ち合わせ。


マルタカ直井さんと何度か電話連絡。


静大関係者とニフィー工学部入試関連の打ち合わせ。
大学院入学関連の打ち合わせ。


午後7時半、支援者の経営している日本料理店へ。

夕食を摂りながら日本料理店の中を視察させてもらう。
TUOIさんは、調理人の人数、接客担当の人数、
調理の様子などを詳しく聞いた入りみていた。

大根でつくる刺身のつまの作り方を見る。


その後、夕食をとる。おでん、お寿司・・・・・


新鮮な魚を握ったお寿司


投稿者 koyama : 06:42 | コメント (0)

2010年03月17日

ホーチミン空港から成田→東京へ:元日本語教師の皆さんと懇談

快晴・気温10度台。寒い


午前0時05分、ホーチミン空港出発。
午前7時半、成田空港着。

成田空港の入管。私は5分で終わる。
TUOIさんは、1時間、待たされる。入管職員の配置数。
日本人入国入管スタッフはたくさんいたが、外国人
対象の入管スタッフが少ない。また、指紋と顔の
画像を撮るため一人ひとりの外国人入国に
時間がかかる。

9時前にやっと成田空港の到着ロビーに出る。


中村友香さんと日本料理店で日本料理を教えてくれた
お母さんが空港に出迎えに来てくれる。



元日本語教師の中村友香先生と一緒に京成で上野へ。

TUOIさんが疲れているので、根津の姉の家で休息。



2時間程、仮眠する。


午後3時過ぎ、日暮里のホテルへ。

ホテルで更に3時間程仮眠。


その間、中村先生、石岡先生などとホテルの
喫茶室で懇談。


午後7時、日暮里駅付近でTUOIさんに日本語や日本料理
を教えたり、「子どもの家」で生活の面倒を見た
元ベトナム事務所日本人スタッフが集合、会食。


TUOIさんの希望で「カレー鍋」を食べる。



TUOIさんの好きで、また日本料理の盛り付け方の
勉強の意味もあり、刺身盛り合わせを食べる。

日本料理店開店前に日本語を教えてくれた松下先生も
かけつける



新幹線でわざわざ宇都宮から来てくれた坂本先生



長い1日が終わる。

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投稿者 koyama : 06:30 | コメント (0)

2010年03月16日

フエ→ホーチミン市へ

午前7時朝食。


ベトナム事務所関連の仕事

午前11時半。昼食。


日本一時帰国の持ち物等準備

午後5時、訪日するTUOIさんと一緒にフエ空港へ。SON君が
付き添ってくれる。



フエ空港チェックイン


午後10時半、バオミンさんがハノイ大使館で取得したTUOIさんの
訪日ビザを手渡す。ホーチミン空港から出発する間際だった。



午後11時。ホーチミン市空港をTUOIさんと一緒に出発。
バオミンさんの見送りを受ける。


投稿者 koyama : 06:18 | コメント (0)

2010年03月15日

訪日の最終諸準備:リー君と飲む

晴天  気温30度を越す

午前7時朝食。


午前8時半、ベトナム事務所へ。
土曜日のベトナム事務所配置換えで部屋が一新されていた。





午前9時から1時間半ほど、私の不在中の諸問題について
具体的な打ち合わせをする。


午前11時半昼食。


午後12時半、読書「「ルポ 貧困大国アメリカⅡ」
          (堤未果著:岩波新書)

午後3時、バオミンさんと電話で打ち合わせ。

午後4時過ぎ、ベトナム事務所へ。

訪日し日本料理を学ぶTUOIさんの訪日を日本料理店の
こどもたちに紹介する。

大塚さんより、数年前に元ベトナム事務所員だった
人間が、JASSの作った日本料理店をそのまま使い
怪しい日本料理店を開店。日本料理のできるスタッフが
足りなく、我が日本料理店のこどもたちに「2倍の
給料を出すからJASS日本料理店を辞めて自分の
日本料理店に来い」との勧誘をし、TUOIとリー君
以外のこどもたちは、給料2倍に釣られ我が
日本料理店に退職届をだした。
その後、リー君は2度にわたり家出を敢行した。
そうしたこどもたちの過去の経歴を勘案し
TUOIの日本での日本料理体験が決まった。


TUOIの訪日の説明とこどもたちの納得を得て、
TUOIの不在中の体制を決める。


今日は13人の来客でにぎわった。

ホーチミン市からハノイまでオートバイで旅行している
日本人が来店。

午後9時、日本料理店閉店。13人の来客で終わる。

その後、いくつかの問題で「不満」を持ているリー君を
つれて、不満解消のため一杯飲む。


リー君におつまみを頼んだら、適正なおつまみが出た。
私は宴会で人数と疲れ具合いなどを総合的に勘案して
注文ができる人間を「優秀」と思っている。
そうした視点からすれば、リー君は超優秀と言える。

午後10時半までリー君と飲む。

投稿者 koyama : 18:38 | コメント (0)

2010年03月14日

日本一時帰国の諸準備  

快晴

午前6時、洗濯。ジーンズなどを洗う。

スニーカーを洗う。昨夜、洗剤入り温水につけておいた。
洗剤をつけて、たわしできれいに洗う。

屋上に干す。かなり長期間はいているので、靴底がはがれる。
明日、接着剤を買い補修し、更に履き続ける予定。

午前8時まで就寝。

午前10時、朝食。昨日の夕食の残り物(ご飯、天ぷら)を
レンジで温め食べる。

3月16日フエをでて一時帰国をする。その準備。
細かい持ち物一覧表を作り、準備をする。

JASSへの支援を表明しているA社へ「JASS紹介」の
文章、会則、活動の歴史など書く。

スーツケースは2月27日に「ハイリーホテル」へ帰って
来た時に置いたまま、中の整理すらできていない。
この2週間、あまりに忙しすぎ、スーツケースの中身の
整理をする時間がなかった。改めて日本から持ってきたもの
などを整理し、部屋に収納する。かなりの書類がスーツケースに
入っている。1通1通熟読し、廃棄・保存と分ける。

午後12時。寝ながら読書。
「東南アジア地域統合とベトナムー内外の民主化活力と中国への
接近ー」(中野亜里著:日本国際政治学会編「国際政治」158号)

ソ連崩壊後のベトナム社会主義一党独裁国家が、今後どこに
軸足を置き、複雑な国際政治の中で生き残っていくのか?
著者は最近のベトナム共産党の方針を、「ASEAN WAY」
(加盟国の内政不干渉)に根拠を置き、ASEANを通して
ベトナム社会主義を守っていく方向を示していると分析。
更に1979年の中越戦争、南沙・西沙群島などを中国が
領有権を主張し、占拠している事実を容認したり、
ベトナム中部の山岳地帯に中国のポーキサイト発掘権を
認め、数千人の中国人が流入することなどを通じて、
中越共産党の一党独裁体制という共通項を通して
最近両国が接近していることを明らかにしている。
その一方でベトナム国内外のベトナム人による民主化への
要求や運動、動きも活発になっていることを実例を
上げて示している。
ASEANが今後加盟国の「民主化」を一層進める方向を
打ち出しつつあることを示し、ベトナムの行方・その存在の
在り様が今後どうなるのかを見守るとしている。
純学術論文。

「饒舌の思想」(開高健著:筑摩書房」読了。

この1冊を読むのに2週間以上かかった。
この間、あまりに忙しく読書への気力がなかった。

午後3時、洗濯。部屋の掃除。この2週間で初めて
日曜日に掃除や読書をする時間が取れた。

夕方から「子どもの家」へ。こどもたちの中に若干の
問題が起こり、その実態と現状を「日曜日」に見に行った。

午後8時頃になっても半分くらいのこどもたちは
まだ帰宅していない。かなりの時間を「子どもの家」で
過ごしたが、問題点がいくつか見えてきた。

午後8時段階でも多くのこどもたちが勉強をしていた。自習。
ほとんどが女子。男子は遊びほうけているこどもたちが多い。


昨年、看護大学に入学した。3年後に看護婦になるという。
一生懸命勉強をしていた。


日曜日の夕方から数時間「子どもの家」で見た実態から
得られた情報を元に「子どもの家」の新たな問題の
解決の糸口がつかめた。

夕食は「ベトナム風ほか弁」(100円)

投稿者 koyama : 16:28 | コメント (0)

2010年03月13日

ベトナム事務所模様替え

快晴

午後5時30度。日中34度。


午前7時朝食。

今日は土曜日。大塚さんは船上生活者や生活困難な人々の
医療支援へ。

午前8時、ベトナム事務所員「全員集合」。

今日はベトナム事務所の「模様替え」。

日本語部とベトナム事務所を合併し、全員が
1室で仕事をすることにした。昨日のベトナム事務所員会議で
合意。今後、日本語教師も全員が「ベトナム事務所員」として
ベトナム事務所が関係している全ての仕事に関与することに
なった。
ベトナム事務所はその仕事の領域がかなり拡大している。
今後はベトナム事務所・日本語教師など全スタッフが
「総力戦」を展開することになった。

日本語部の机を全てベトナム事務所へ引っ越す。
ベトナム事務所内の机配置も全て変更する。
昨日のベトナム事務所員会議で机の位置等も協議し
全員一致で「ベトナム事務所の模様替え」「机配置」を
確認。

今までの日本語室は、応接室・会議室・休養室に。
ベトナム事務所に全員が入ることになった。

手が足りないのでリー君にも手伝ってもらう。


全スタッフが協力して「模様替え」が行われた。

ブライセンベトナム支社員にも若干手伝ってもらう。



こういう種類の仕事になると急に能力を発揮するリー親分。

自分でどんどん仕事を見つける。体を動かす仕事が大好きだ。
良い性格の若者である(・・・・・時もある?)


こうして全ベトナム事務所員で仕事をする時はいつも
話の中心にリー君がいる。人間が大好きな若者である。
憎めない性格。

みなで協力して仕事をすることは楽しいことである。
ただ、お金儲けしか考えていない人間にはこの種の
仕事の楽しみが分からない。


段々、ベトナム事務所の机が確定してくる。


模様替えの途中で小休止。
バオミン運営委員長が気を利かし、コーヒーや
冷たい飲み物を近くの店から届けさせた。

雑談しながら休憩。


模様替えが終わり、「ハイリーホテル」へ戻る。
いつもウオーキングをする道を通って帰る。

牛がボーッとして立っている。何となくうらやましく感じる。

午前1時半昼食。原田先生は仕事があり少し遅れる。


午後3時半、ベトナム事務所へ。今日は土曜日。午後は
休みである。バオミンさんとソン君が仕事をしていた。


日本語の先生の机。2列。


バオミン運営委員長の席が移動する。


日本語部室だった部屋は応接室・休憩室・日本語教育資料室に。




静岡大学フエ連絡事務所も応接室内に設置。


昨日、床屋に行きたい2万ドン(100円)欲しいと言って
私から5万ドン(250円)せしめたリー君だった。

今朝、「昨夜上げた5万ドンはどうなった?」と聞いてみた。
既に3万ドンが消えていた。昨夜、日本料理店終了後
飲んだことのこと。「床屋に行かないと許さない」と
注意する。午後、床屋に行って来た。2万ドン(100円)。

上尾の星野さんからもらった立教大学のTシャツを着ていた。
午前中のTシャツを着替えたようだ。洗濯をしたいるのか?
それとも一定期間着ていて捨てているのか?

午後4時、床屋へ。3万ドン(150円)。20分で終わる。

午後5時半、日本料理店へ。夕日がきれいに西の空から
沈もうとしていた。

午後5時半に日本料理店へ行くと既に13人の来客あり。
その後、次から次へと来客があり、こどもたちが
夕食を摂れないほどの賑わい。

結局午後8時に20人の来客となり、こどもたちの
疲労と夕食ができないこともあり、閉店を決定。
日本料理店「子どもの家」は、飽くまで「職業訓練センター」
である。その辺にある「利益追求」の日本料理店ではない。


今日は朝からベトナム事務所の「模様替え」の手伝いを
積極的にしてくれたリー君と大塚さん、原田先生と
夕食を食べながらの反省会。

ミットの炒め物

天ぷら


午後9時過ぎ、反省会を終わり「ハイリーホテル」へ
大塚さん、原田先生と帰宅。


投稿者 koyama : 18:11 | コメント (0)