2009年07月03日

金沢大学訪問

晴天

午前7時半、静岡市内のホテルで朝食。

午前9時半、静岡駅へ。静岡駅でJASS静岡の会副代表
の滝下さんと合流。

静岡駅から名古屋へ。名古屋から米原。米原から金沢駅へ。

●金沢駅(獅子頭の形)

約3時間。

金沢駅で元静岡大学学務部長のK氏と合流し、金沢大学へ。


教育担当理事のA先生、国際交流センター室長などと懇談。
フエでの活動、静岡大学工学部ニフィープロジェクトなどに
ついて意見交換。


午後4時過ぎまで意見交換。

金沢大学学生部長(前静大学務部長)の案内で金沢城を参観。

●金沢大学K学生部長と金沢城前にて



●JASS静岡の会副代表滝下さんと。金沢城前にて



金沢城の前に「兼六園」がある。時間がないので兼六園の
一部を参観。

金沢は紫陽花(あじさい)の季節だった。


滝下さんと金沢駅前に宿泊。明日の木村百合子さんの裁判を
支援する会総会出席の準備。


投稿者 koyama : 21:15 | コメント (0)

2009年07月02日

静岡大学授業

晴れ

午前6時起床。

メール受信・送信。

午前8時半自宅を出て巣鴨経由東京駅へ。

東京駅から静岡まで。
車中で読書「私のマルクス 蘇る怪物 ロシア篇」(佐藤優著)

静岡大学では大学図書館が「廃棄」した図書を閲覧。
フエ高等師範大日本語学科で使えそうな本を探す。
図書館副課長さんが大学図書館の閲覧室、蔵書室など
を案内してくれる。

静大は郊外の山の中腹にある。マムシも時々でるという。
自然豊かなキャンパスである。


その後、今日の授業の内容を打ち合わせ

今日の授業は「ベトナムから学ぶ」。学部共通。
2単位の授業である。15コマの従業となる。
今日の授業もその一貫。8月7日から13日までは
現地ベトナム・特にフエでの様々な活動などが
授業の中心となる。私も静大に非常勤講師と
いうことになり、この授業に協力する。

午後3時から90分の授業。
静岡市の本部で授業を行い、浜松にある工学部では、
テレビで静岡市内本部での授業を受ける。

ベトナム2000年の略史。植民地・ベトナム戦争・・・・。
16年前にベトナムへ渡った経過。
ストリートチルドレンを支援するボランティアについての
私の考えた方の3段階の変遷。

現在の到達点。

この15コマの授業を通して、考えてほしい点を言う。
①アジア・ベトナムから学ぶという姿勢を持ってほしい。
  アジア・ベトナムは貧しく遅れた国と単純に思わず、
  私たちが学ぶものがるはず。何かをこの授業を
  通して考えてほしい
②人間の幸せをとは何かを考えてほしい
③家族、地域というものが人間にどんな位置と意味があるのか
 を考えてほしい

午後5時前に授業終了。

授業後、私たちの活動を手伝いたいという学生さんが来る。

午後6時、静大A理事さんのお宅に招待され、夕食を御馳走に
なる。

静岡市内のビジネスホテル着、午後10時過ぎ。

投稿者 koyama : 08:27 | コメント (0)

2009年07月01日

ピースインツアースタッフと懇談:静大授業の準備

曇り
午前7時起床。
曇り
午前7時起床。

ベトナム事務所からのメールへの返事。いくつかの問題について。
バンベー原稿と写真の校正。

午前11時半、自宅を出てピースインツアーのスタッフと懇談。
今後のスタディーツアーなどについて話し合う。


午後、明日の静岡大学でも授業内容を検討する。
必要なビデオを整理する。


読書「劇場政治の誤算」(加藤紘一著:角川書店)読了

今日麻生首相は内閣の補充人事を行った。
ますます麻生内閣の力のなさ・時代錯誤、優柔不断さを
露呈したものであった。自民党の末期症状を示している。
論評するに値しない。

本書で加藤紘一氏(元宏池会会長・自民党幹事長)は
自民党の役割は終わったと断言している。
本書は2009年4月10日発行。
自民党の役割は二つあったという。
ひとつは「反共」(日本を社会主義国家にしない)
二つ目は「高度セ経済成長」。

戦後60年たち、1955年保守合同(自由党・民主党)
の狙いだった上記2点を達成した。
 
1991年ソ連の崩壊、高度成長の達成。この時点で
既に自民党の役割は終わったし、今後の日本はどうあるべきか
を論じている。その趣旨は「地域の再生」。


夕方から、今日最高裁で判決(懲役2年6月)が確定した
元外務省職員の佐藤優著「私のマルクス 蘇る怪物」(文芸春秋)
ソ連崩壊時、崩壊後の混乱、その後共産党幹部がどうなったのか?
社会主義を放棄したロシアはどう変質していったのか?
国民はどのような対応をしたのか? 
佐藤優氏の著作を読むといつも知的な刺激を受ける。
非常に興味の湧いてくる著作である。

明日からの3日間(静岡大→金沢大→浜松・磐田)
旅行の荷物、持ち物の準備。

投稿者 koyama : 21:19 | コメント (0)

2009年06月30日

「子どもの家」支援のための製品つくり:歯医者へ

午前7時起床。 曇り 時々雨

午前8時からメール受信・送信(多量)

午前10時、ブライセン本社役員の方々と電話会議。
ブライセンベトナム支社の運営等について協議。
「子どもの家」卒業生の仕事ぶりなどを話し合う。

午前11時半、歯科。
総合的な口腔検診をしてもらう。特に大きな問題なし。
歯垢除去は非常に良くできていると言われる。
虫歯の初期5本ほどあり。今回の帰国中の治療を
依頼するが、もう少し時間が必要と言われる。
何とか7月1ヵ月の間に全ての治療を行ってもらうよう
お願いし、了解してもらう。
機械による歯垢除去・歯の着色の除去などを行う。1時間。

午後1時半、自宅を出て大江戸線で蔵前へ。
厩橋(うまやはし)を渡り徒歩で本所へ。



アクセサリー「マルタカ」へ。会長の直井さんとは10数年来の
お付き合い。直井会長が主宰している「YONAOSHI 赤い顔」
の第2回下町平和大賞を頂いている。
現在は長男の一高氏が社長を務めている。

一高社長からの連絡で「子どもの家」への支援として、
布類などを使った製品を日本に輸入するプロジェクト
についての相談。


午後5時頃まで話し合い。

その後、会長さんと友人の方と会長宅で懇親。
午後11時頃まで懇親は続く。

自宅着午前0時。

往復の地下鉄車中で読書「劇場政治の誤算」(加藤紘一著)

投稿者 koyama : 10:44 | コメント (0)

2009年06月29日

262通のメールを読む

曇り  多少蒸し暑いが涼しい

午前8時起床。

午前8時半朝食。

7日間のラオス・ハロン湾旅行中、262通のメールと
527通の迷惑メールが入っていた。

朝食を終え、午後7時まで昼食抜きで全てのメールを読み、
必要な返事をだす。

大事な内容のメールが多かった。


ベトナム事務所からバンベの原稿校正が届く。全てに
目を通し、必要な語句の訂正を行う。

7月日本滞在中の日程がいくつか追加される。
明日、早速、支援者でもあるアクセサリーの社長さんを訪ねること
となった。
ブライセンから電話。明日午前10時からSKYPE会議を開く
ことになった。
明日午前11時半に歯医者の予約。

投稿者 koyama : 18:45 | コメント (0)

2009年06月28日

無事成田へ帰国

成田気温 23度

午前6時50分成田着。ハノイから約5時間。

成田空港でG君・S君・Nさんと別れ、K君と一緒に
スカイライナーで日暮里経由巣鴨。

午前10時頃、自宅着。

お風呂を沸かしゆっくりと入浴。

買い物へ。豆腐、ほうれん草など・・・・・

駅前本屋へ。ベトナムでは近刊書を買えない。
興味のある本3冊購入。

「劇場政治の誤算」(加藤紘一著:門川書店)
「差別と日本人」(野中広務・辛淑玉」(:川書店)
「資本主義はなぜ自壊したのか」(中谷巌著:集英社)

6月の始めまら1ヶ月間、本当に忙しかった。
6月初旬、静岡大学工学部入試をベトナム事務所で行った。
その後、アクアの村上さんの応接ー静大入学生への奨学金
ボランティア貯金完了報告書作成
高校同級生4人のフエ来訪。その後、一緒に7日間のラオス・
ハノイ・ハロン湾旅行。

この9日間、40数年前3年間一緒のクラスで勉強した仲間と
行動を共にした。40数年間の仕事・家庭などの人生が
それぞれの人間を鍛え・変えていっていることを実感するが、
それえでも40数年の16歳から18歳の頃の人間性を色濃く
残してはいた。

私としては、60歳になってラオスでラム酒を作る工場を
立ち上げ、その中心になって活動しているY君の元気な
姿が一番印象に残った。

半年振りに我が家へ帰る。入浴・昼食後、3時間ほど寝る。
メールが100通ほど入っている。
全てに目を通し、返事を書くにはかなりの時間がかかる。
メールの調子が悪い。


投稿者 koyama : 09:04 | コメント (0)

2009年06月27日

ハノイ市内から「世界自然遺産「ハロン湾」へ

ハノイ

午前7時半、朝食。

ハノイ市内の3つ星ホテル。金額相応のホテル。

午前8時半、ハノイのホテルを車で出て、ハロン湾へ。
車で片道3時間半。

午前11時半過ぎ、ハロン湾へ到着。
到着前から雷と雨。
雨足が強く、船が出せないとのこと。
30分ほど港で待つ。大勢の参観者が港で待っている。


午後12時半過ぎ、当局の許可が出たようで、出港が
認められる。

私たちは一艘の福船を借り切り、3時間ほどの
ハロン湾遊覧を楽しむ。



海産物料理を堪能する



途中、船上生活者のいけすにあるイカを買い、刺身にする。
ワザビ醤油で食べると美味。





2時間ほどハロン湾で摂れた海産物を堪能。

その後、ハロン湾にある鍾乳洞を参観。かなり大きな
鍾乳洞。中はライトアップされており、多くの参観者で
満杯。


鍾乳洞まではかなりの坂と石段を登らなければならない。






午後4時半、ハロン湾を後にし、ハノイ市内へ。
午後8時、ハノイ市内のベトナムレストランでベトナム最後の
夕食。



午後9時半、レストランを出て、ハノイ空港へ。

6月28日午前0時05分ハノイ発のVN・JAL共同運航便
で成田へ向け出発。私は7日間、他の同級生は
9日間のベトナム・ラオス視察ツアーだった。

ラオスの案内人Y君には心から感謝したい。
彼の仕事ぶりを見て、この40数年の仕事の中で
様々な苦労をしたなということは、ひしひしと感ずる。
気配りと行動力の素晴らしさ。
また、4人の同級生がフエの活動を直接見てくれたことにも
感謝したい。


投稿者 koyama : 18:42 | コメント (0)